匠の技(職人紹介)

和泉チエン
ベテラン職人 若手職人
匠の技(職人紹介)
40代 チェーン組立職人 和泉チエン歴20年 / Y. K.

10年目でも見えなかったものが、
20年経ってようやく少し見えてきた気がする

”感覚”を身に付けること

和泉チエンで働いて20年。彼はそのすべてをチェーン製作工程の「組立」に捧げてきた。
高専を卒業した彼は、趣味の釣り仲間という繋がりから三重県の自動車チューニングショップで働いていたが、
22歳になった時に今の和泉チエンに転職。新入社員時代は?

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「実は当時からやっていることは一切変わっていません。20年間ずっと同じ部署で、やることも基本的には同じです」と話す。自転車チェーンから農機具用のチェーンなど、用途は異なるが、転職してからずっとチェーンの「組立」を担当している。

最初に仕事を先輩から教わる時の苦労は、いかにも職人を相手にした人のそれだ。
「機械の調子がおかしくなったとき調整して直すのが大事な役目なんですけど、機械自体に目印となるような目盛りなどは一切なくて大変でした。その取付けの具合を調整して直すのですが、全然最初はうまくいかなくて。そんな時に仕事を教えてくれる先輩が休みだったりして丸1日機械を直せないこともありました。ただ、翌日先輩が出社してみてくれると、ちょちょっとやって15分とかで直しちゃうんです。どうやったんですか?って聞いても、『こんな感じやー』って。今なら分かるんですが、言葉で表すことのできない”感覚”を身に付けることが本当に大変でした」と彼は語る。 そんな彼が仕事に対して1歩前向きになった理由は?

この機械を触らせたら自分が一番でないとあかん!

頼りにしていた先輩が退職することになったとき」が自身のターニングポイントだという。

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一番信頼できる人が去ったことで、自分がやらなければ、という気持ちが強くなった。
また、若い後輩が入ってきたり、同世代の中途入社社員が入ってくるたびに、「後から入ってくるやつに負けてられへんな」と思うようになっていった。それで彼は「この機械を触らせたら自分が一番でないとあかん」と考えるようになった。 仕事にだんだんとプライドを持ち始めていった。

「何となく仕事に対する意識が変わっていきました。1日に生産する目標量を考えて、そこから逆算し、稼働停止時間をどのくらい短縮させなあかんとか考えるようになりました。そうやって流れを見て仕事をするようになると、今まで見えてなかったものが見えてくるような感じがしました。これまでよりも圧倒的に早く機械の勘所を掴めるようになったと思います」と話す。気持ちの変化が、職人としての仕事の姿勢に顕著に表れている。

究極のチェーンをつくる!

職人としての自覚が芽生え、そこからも組立の日々は続く。10年が経過し、現在で20年目を迎える。
彼がこれからやりたい事は何か。また、何を想ってチェーンを作っているのか。

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「誰が使うか、ということを考えてつくってはいません。
それよりも、ひたすらに究極のチェーンをつくる、ということを考えています。メイドインジャパンはこういう品質なんだ、職人が作ってこそのものなんだっていう製品を突き詰めたいです。いま自分が作っているチェーンは過去の先輩たちも作ってきているものですが、彼らがつくってきたチェーンよりも良いものを追求したいですね」と話す。目の前の製品に全身全霊をかけ、最高のものをつくる。最高の物であれば、どんなユーザーも満足できる。いかにも職人らしく、プロダクトに拘った回答だ。この「極めたい」と思った背景に、2人の人物からの影響もあった。その人物とはだれか?

職人として影響を受けた人物

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「よく行っていた魚屋の店主」が1人目だ。単に魚を売っているだけではなく、市場で魚を買い付けて料亭などに卸すいわゆる仲買人でもある人で、その目利きや仕事ぶりがとてもすごかったという。残念ながら60歳を過ぎて亡くなってしまったが、親の代から魚の仲介人で、この人も高校を卒業してから魚屋一筋。その人を側で見ていていると、一つのことを極めた人の仕事ってすごいな、なんかカッコいいな、職人ってこういうことなんだなと彼は気付き、「憧れでした」とも語った。

2人目は釣具の企画開発などを行う会社の代表。その人にも多くの刺激を受けた。「彼は昔からルアーなどをつくっていてものづくりに生きる人でした。そんな彼の思考が『やるならとことんやりきれ。中途半端にやるなら最初から手を出すな』というもので」という。彼の考えに大きな刺激をもらい、チェーンづくりをやり切ろう、と考えた。 ちなみに出会いは特殊でしたと話す。「昔彼の作ったルアーで感動的なほどよく釣れて。このルアーの製作者に会いたいと思ったんです。当時、彼がロケで近くのホテルに泊まっているという噂を知り、突撃しました。当時は個人情報の意識も薄い時代だったので、ホテルのフロントに聞けば泊まっているかどうかは分かる時代でしたね(笑)。あとはロビーでひたすら彼が帰ってくるのを待って話しかけました(笑)」というエピソード。

まとめ

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こういう話を聞くと、自身にも何かをとことんやる性質があるようにも感じる。そんな原石でもあった彼が、この2人との交流で職人としての才能をより開花させたのだろう。和泉チエンではこの先もチェーンづくりを続けていくだろう。そしてその時間の重なりが職人を新たな次元へと導き、また新たな職人をも生み出していく。この連綿とした繋がりがこの会社の武器なのだ。
製品であるチェーンと同様に…。

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20代 チェーン組立職人 和泉チエン歴7年 / R.M.

「こんな感じ」を理解するのは難しいが、
仕事の積み重ねがその域に近づけてくれる。

機械も職人も”フィット感”が重要!

入社して組立を担当して7年。親族が同社に勤めていることが縁になり和泉チエンを志した。

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「当時は高卒採用をあまりしていなかったと思いますが、中学生の時に親にお願いして高卒でも採用してもらえるか聞いてもらったんです。そしたら『いいよ』と快い返事がもらえたので、そのために役立つ知識が学べそうな工業高校に進学しました」と語る彼は、念願かなって和泉チエンに入社した。

入社して組立に配属された時の最初の苦労は、機械全てに目盛りがないことだった。「分からなくて聞いても、『感覚!』としか返ってこなくて。感覚かーって感じでした(笑)」と語るが、実際にベテラン職人たちがその感覚で全てうまくいくことに驚いたという。また、機械の不調などは動作の音で分かるとも習ったが、これも最初は半信半疑だった。しかし、「2~3年くらいやって、気付いたら音で分かるようになってました」と笑う。同じ仕事を反復して行うことで、確実に自分の中のスキルが積み上っていることを実感した。

設備の修理のときのことで印象に残っていることがある。「設備の部品ごとに不具合品を見るんですが、よく『新しい部品と交換するよりも、修理して同じものを使った方がいい』と習いました」という。その理由は『馴染み』。どんな部品も叩かれ、削られ、磨かれ、傷がついていく。その積み重ねで目に見えないレベルまでその場所に馴染み、フィットする存在になる。繊細な設備にとってこのフィット感は重要だ。「新しい部品を使うとなっても、最初にあえてやすりで削ったりしますからね」と。きっと「職人」もそうやってなるのだろう。そう考えると、今の彼は、叩かれ削られ、この会社にどんどんと馴染んでいる真っ只中。そんな彼が経験した中で、最も重大な出来事は何か?

ベトナムでの指導経験

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「一番印象に残っているのは、ベトナム工場の立ち上げに携わったことです。1週間ほどベトナムの工場に行きました。船で運ばれてくる製造設備の初期設定をしたり、現地スタッフへの技術指導を行いました」と言う。その際、職人ならではの感覚を伝えることに苦労した。

「そもそも『こんな感じ』の意味を捉えることって日本語でも難しいのに、ベトナム語で何て言えばいいんやろーって感じで。現地の方とはスマートフォンの翻訳機を使いながらコミュニケーションしますが、さすがに『こんな感じ』っていうのはうまく翻訳してくれませんでした(笑)。従って、とにかく”やって見せる”ことにこだわりました。また、実際に彼らがやる姿を近くで見ながら指導していく形でうまくいきました」とのこと。お手本を見せ、実際に作業をやらせ、それを側で見守りながら指導する。これは実際に彼が先輩から教えてもらうときの形でもある。彼はまだ若く、学びに苦労した時期が近いからこそ、自分ごとのように教えられたのは強みだった。

まとめ

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そんな彼はベトナムでの仕事について、「とてもやりがいがありました。ベトナム工場で働ける機会がまたいつかもらえるよう頑張りたいと思います!」と語った。

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